顎顔面補綴とは

 補綴は,“ほてつ”と読みます。歯科治療における補綴とは,歯が欠けた,無くなったといった、損なわれた形と機能をクラウン(かぶせ物)や義歯といった人工の装置で補うことをいいます。
1. 顎顔面領域や口の中の腫瘍(良性・悪性)や炎症(インプラント周囲の炎症や薬などによる顎骨の炎症)、けが(交通事故や転落、転倒)などに対して、外科手術によりお口の中の組織を切除したり放射線治療をしたりした後にできた欠損(骨や組織がない状態)
2. 口唇裂口蓋裂などの生まれつきの病気によりお口の中や唇などにある欠損
を、人工的な装置(補綴:ほてつ装置)を用いて、あるいは手術をして装置が入りやすくしてから装置を作って、形を改善したり、食べる・飲み込む・話すことができるようにしたり、見た目をよくしたりします。また、
3.手術や放射線治療、言葉の治療で使う装置(補助装置)を作ります。
これらの装置を使うことによって治療の効果を高めたり、食事や会話をできるようにしたりすることで、患者さんの生活の質(Quality of Life: QOL)を向上し、社会復帰をめざします。
顎顔面や口腔の腫瘍の手術や事故によるけがなどにより欠損があり、食べるのが難しかったり話しにくかったりする場合、顎顔面補綴学会の認定医や認定士のいる病院にご相談ください。患者さんそれぞれにあった装置やリハビリテーションプログラムを一緒に考えます。
顎補綴装置は健康保険が使えます(材料によっては私費診療もあります)が、顔面補綴装置は健康保険が使えません(全て私費診療となります)。

適用される患者さん

1995年に本学会でまとめた内訳は、上顎に欠損があるかたが最も多く(38%)、次いで口蓋裂(27.5%)、下顎欠損(21.1%)の順でした。欠損の元になった疾患は、悪性腫瘍が最も多く(52%)、良性腫瘍が5.6%、外傷が2.7%で、2018年の報告では口蓋裂の患者さんで補綴装置を作る方は減ってきています。部位によって原因疾患は異なり、下顎では良性腫瘍の方が悪性腫瘍に次いで多く、顔面欠損では悪性腫瘍に次いで外傷が多くなっています。

装置の目的

欠損の場所によって状態の特徴が変わります。
欠損原因で最も多い腫瘍の場合、治療は、腫瘍とその周囲を切除する外科手術、腫瘍を小さくするための化学療法、放射線をあてて腫瘍を小さくするまたはなくす放射線治療、その他免疫療法や光免疫療法などが単独や複数の組み合わせで行われます。顎顔面領域では外科手術が多いです。手術の後には切除した組織がなくなりますので欠損ができます。悪性腫瘍の場合はそのほかに頸のリンパ節を手術でとることもあります。欠損部分を埋めるために自分の体の他の部分から皮膚や骨の組織を移植(再建)することもあります。手術によって元の形や動きが変わってしまいます。

手術などによって食べられない、話が通じない、飲み込めない、見た目が悪い、口が開きにくい、よだれが垂れるなどの障害が生じます。そのため外食ができない、働くのが難しいと感じるかたが多いです。手術の方法や放射線治療(ほうしゃせんちりょう)を受けているかどうかによってその障害の程度・種類は大きく影響をうけるので、状態は患者さんによって様々です。このような障害を改善するために顎顔面補綴装置を製作します。それぞれの患者さんにあった補綴装置やリハビリテーションプログラムが必要となります。手術をする前から顎義歯が入ることを考えて手術計画をし、術後に顎義歯をすぐに使えるようにするプログラムがあります。そのほか、治療をするために使う補助装置(外科治療補助装置、放射線治療補助装置、言語治療補助装置など)を、治療の前に作ることがあります。


顎義歯とは

顎義歯とは、上顎や下顎の一部を失った方のために作る、特殊な義歯のことです。
「がんの手術」や「事故」などであごの骨や歯ぐきの一部を失った場合、そのままでは食べる・話す・息をするといった動作が難しくなります。そうした機能を取り戻すために作られるのが顎義歯です。
患者さんの状態に合わせて、さまざまなタイプがあります。

・上顎顎義歯(じょうがくがくぎし)

 上あごの一部を補う装置です。手術で空いた口と鼻の間をふさぎます。手術で穴を閉じてた場合でも歯がない場合に作る義歯も含まれます。

・サージカル・オブチュレータ(ISO(Immediate surgical obturator))

 口と鼻を仕切って発音・食事を助ける装置です。歯が並んでいないことが多いです。手術の前から準備をして、術直後にISOを入れ、傷の治り具合を見ながら調整し、歯のある顎義歯に修理し、術後半年から1年ほどで最終上顎顎義歯を作ることができます。

・下顎顎義歯(かがくがくぎし)

 下あごの骨を失った場合に、下顎に作る義歯で、かみ合わせやあごの動きを補います。

・パラタルランプ

 下顎を開いて切った手術の後、下あごの位置が内方にずれてしまった場合に上顎に作る装置で、ずれた下顎が噛めるような位置に上顎の噛み合わせる場所がついています。

・咬合斜面板

 下顎を開いて切った手術の後、下顎の位置がずれていますが、自力でもとの位置に戻すことができる場合に作る装置です。
・Hotz床

 口唇口蓋裂の赤ちゃんに装着する、哺乳をしやすくする装置です。

・PNAM

 手術を行うまでの間、赤ちゃんに装着する装置の一種です。鼻の形を少し整えたり、手術がしやすいよう
に顎裂の位置を少し移動させることを目的とした装置です。

いずれの装置も、患者さん一人ひとりのお口の形に合わせて、オーダーメイドで作成します。歯科技工士が
医療用の樹脂(レジン)などで丁寧に作り、必要に応じて歯科医師が調整を行います。


上顎に対する顎義歯

下顎に対する顎義歯

適用される患者さん

腫瘍(悪性や良性)を取る手術をした後、事故(交通事故や転落など)、顎の骨に感染して骨が亡くなってしまった場合など、先天性疾患で顎の骨が一部ない場合などであごの骨や歯ぐきの一部を失った場合に顎義歯を作ることができます。

装置の目的

顎義歯には、ふつうの義歯とは少し違う役割があります。

食べる(そしゃく)機能の回復  欠けた部分を補って、反対側の歯とバランスよくかめるようにします。

1.話す(発音)機能の回復  

 上あごに穴があいている場合、空気が鼻に抜けてうまく話せなくなります。  歯がないことで音が作りにくくなります。顎義歯でその部分をふさぐことで、発音がはっきりします。

2.見た目の回復(審美性)

 顔の形が左右で違って見える場合、装置で支えることで自然な顔立ちに近づけます。

3.嚥下(えんげ、飲み込み)

 機能の回復、鼻や口と外の空気を仕切る  食べ物や飲み物が鼻の方へ漏れないように、口と鼻を区切り、飲み込みがしやすくなります。

    期待される効果

    ・食べることができ、食事を楽しめるようになる

    ・言葉がはっきり話せるようになる

    ・見た目が自然に戻る

    ・自信を持って人と話せるようになる
    顎義歯は、“見た目”と“機能”の両方を取り戻すための装置です。治療を通して、「もう一度自分らしく笑える」ことを目標としています。

    舌接触補助床とは

     舌接触補助床(PAP)とは,手術やけがなどで舌(した)の一部がなくなった方や,脳梗塞などの病気で舌の動きが弱くなってご飯が食べられない方や,うまく言葉を話せない方のために作る,舌の動きを助けるための特別な入れ歯の一種です.上あごの入れ歯や装置の一部の厚みを増やすことで,舌と上あごの接触を良くし,咀嚼(そしゃく)や飲み込み,発音などのお口の機能の改善を図る装置です.
     現在,日本の歯科保険診療で製作することが可能です.

    適用される患者さん

     舌接触補助床が適用される患者さんは,主に舌や下あごの腫瘍などによって舌の一部や全てなくなった方や,脳梗塞やパーキンソン病などの飲み込みや発音に障害がみられた方になります.また,このような病歴がない方でも,舌の筋力測定(舌圧検査)で一定の基準を満たさなかった方も適用されることがあります.

    装置の目的

     舌は,食べ物を噛んで飲み込むときや,言葉を発音するときに大切な役割を担っています.しかし,舌の一部を失ったり,動きが制限されると,
    ・食べ物をうまくまとめられず,飲み込めない
    ・「サ」「タ」「ナ」「ラ」などの音が発音しにくい
    ・舌が上顎に届かず,言葉がはっきりしない
    といった不自由が生じます.
     舌接触補助床は,失われた舌の高さや届く範囲を入れ歯や装置の“厚み”を増やしたり調整したりすることで,舌が上あごに接触しやすくなるようにサポートすることで,食事や会話をより自然に行えるようにします.

    期待される効果

    舌接触補助床を装着することで,以下の機能改善が期待されます.
    ①食べ物をまとめやすくなり,飲み込みがスムーズになる
    ②言葉が明瞭になり,会話がしやすくなる
    ③舌の動きが自然になり,発音のストレスが減る
     ただし,会話と飲み込みの際の舌の動きは異なるため,両方の機能を同時に改善することができないことがあります.その際は,食事用と会話用の2種類の舌接触補助床を製作することがあります.補綴の分野でとても大切な役割を担っています。

    舌・口底癌術後,慢性進行性麻痺,脳血管障害

    上顎に対する顎義歯


    顔面補綴装置とは

    これはシリコーンを使用して人工の皮膚をつくることで欠損を覆い隠し、顔の外見をよくするためのものです。エピテーゼとも言います。目・鼻・耳・頬・額などがあります。

    適用される患者さん

    腫瘍や炎症、外傷、先天性の疾患などにより顔の一部が欠損している患者さんに適応となります。欠損部が再建されている場合にも適応となる場合がありますので専門医療機関へご相談ください。

    装置の目的

    顔の外見をよくするためのものですが、内面の乾燥を防いだり、一部の機能を回復することを補助することもあります。

    期待される効果

    この装置の装着により、声がはっきりして会話がスムーズになる、食べ物の鼻への逆流を防ぐ、などの効果もあります。

    装置名補う部分主な目的
    眼窩補綴装置(がんかほてつぶつそうち)眼球の周囲・目のくぼみ義眼を含めて目の自然な見た目を再現
    外鼻補綴装置(がいびほてつぶつそうち)鼻の欠損部鼻の形を整え、呼吸や見た目を回復
    耳介補綴装置(じかいほてつぶつそうち)耳の欠損部左右のバランスを整え、眼鏡やマスクの装着を容易に
    頬部・口唇補綴装置頬や口まわり表情の自然さ・食事時の機能改善

    口腔癌術後,外傷,先天性欠損


    軟口蓋挙上装置とは

    脳卒中などの後遺症で麻痺した口の奥の柔らかい部分(軟口蓋)を、押し上げる装置で、お口と鼻の間の空気漏れを抑えます。レジンと金属のバネでできており、上のあごに装着します。

    適用される患者さん

    脳卒中や神経疾患、頭頸部手術などにより、口の奥(軟口蓋)が麻痺したり、動きが弱まったりした方に適応されます。

    装置の目的

    麻痺などで動かなくなった軟口蓋を押し上げ、鼻への空気漏れを抑えます。

    期待される効果

    この装置の装着により、声がはっきりして会話がスムーズになる、食べ物の鼻への逆流を防ぐ、などの効果もあります。

    口唇口蓋裂,中咽頭癌術後,脳血管障害,慢性進行性麻痺


    スピーチエイドとは

    スピーチエイドは、口と鼻の奥をうまく閉じられない「鼻咽腔閉鎖機能不全」を補い、発音や食事をスムーズにするための装置です。入れ歯や矯正装置の後ろに突起状のバルブが付いており、上あごに装着して使用します。装置の先端には、バルブという突起状の膨らみがあり、これが喉の奥の隙間をふさぐ役割をします。これにより、話すときに鼻から息が漏れるのを防ぎ、言葉がはっきりと相手に伝わりやすくなります。また、飲み物が鼻に逆流するのを抑える効果もあります。

    適用される患者さん

    スピーチエイドは、喉の奥がうまく閉じない「鼻咽腔閉鎖機能不全」のうち、一部の方が対象となります。具体的には、口蓋裂の手術後も発音が改善しにくい方や、腫瘍の摘出手術で咽頭の一部を失った方です。またこれら以外にも、言葉が鼻に抜けたり、飲み物が鼻へ逆流したりする方に有効な場合もありますので、専門医の診断を受けてください。

    装置の目的

    鼻で息をする時には、喉の奥と鼻は空気が通る状態になっていますが、発音を行ったり、食べ物を飲み込んだりするときは、鼻に逆流しないように、鼻と喉の奥をふさぐ(鼻咽腔閉鎖といいます)必要があります。この機能を果たしているのが「軟口蓋」ですが、この組織の大きさが生まれつき足りなかったり、腫瘍の手術などで失った場合に、その足りない部分を補うことを目的とする装置です。

    期待される効果

    言葉を話す時に、鼻から抜けてしまうような発音になることを防いでくれたり、食事の際に食べ物や飲み物が鼻に逆流してしまうことを防ぐ効果があります。

    口蓋裂術後,中咽頭切除後